Snow Queen 10

 

結局、あの日のパーティーは散々だった。

それなりに盛り上がったはずなのに、豊には楽しかった記憶がほとんど残っていない。

ただ、曖昧に笑って、時間が過ぎるのを待っていた。

何か色々話したような気もするけれど、薙とだけは最後まで一言も口をきかなかった。

食べたものも、何を飲んだのかもよく覚えていない。

買い物は終始無言だった。薙は勝手に買うものを決めて、豊はただ後について回っただけだった。

そしてそれから数週間が過ぎている。

問題は解決も、消滅もしていなかった。

 

「あら、君」

呼び止められて振り返ると、見たことのない女性が立っている。

様子からして学校関係者ではないようだ。

豊がわずかに緊張するのを見て取って、女性はにこやかに微笑みかけてきた。

「初めまして、私は嘉瀬深雪、神祇庁から来た派遣調査員よ」

「はあ」

「その制服、貴方が噂の天照館から来た交歓学生ね、確か名前は秋津豊君」

「はい」

女の素性がわかったので、豊は素直に頷いた。

嘉瀬は、それくらい用心深い方が丁度良いわねと言って朗らかに笑った。

「ねえ君、月読にはもう慣れた?」

「はい、まあなんとか」

実際生活自体には大分慣れていた。カリキュラム制の授業も、ペンタファングとしての任務や鍛錬も、不自由のない程度にこなせるようにはなった。寮則も覚えたし、何人か世間話をするような生徒もいる。

ただ、やはりここは豊の居場所ではない。

わずかに俯いた様子を気とって、ねえと嘉瀬が声をかける。

「君、よければここのお話ちょっと聞かせてもらえないかしら?」

「えっ」

驚く豊に、神祇庁の調査員はにっこりと妖艶な笑みを浮かべた。

「事前調査ではペンタファングの子達って曲者ぞろいみたいだから、多分詳しいお話って聞かせてもらえないだろうなって思っていたのよ」

「はあ」

「でもあなたは元々天照館のコだし、お話しても平気でしょ?」

「でも今は月詠に在籍しています」

「あらら、意外とまじめなのねえ」

嘉瀬は関心感心と豊を見た。

「仲間内の秘密は、君でも教えられないってこと?」

「はい」

「うーん、参ったわねえ」

腕を組み、暫し考えをめぐらせるような素振りを見せた後で、不意にぽんと手を打った。

「いいわ、なら、突っ込んだ話は聞きません、でもね、どんな活動をしているかは教えて欲しいの」

「でも」

「これは神祇庁の調査です、やましいところが何も無いなら、ちゃんと協力して頂戴」

豊はすっかり困ってしまって、少しの間悩みあぐねた。

政府機関からの調査員ということは、これは正式な手続きをとった公的な内部調査だろう。

強制でないところから察するに、任意での協力を求められているらしい。ということは。

(月詠は何か疑われているのかな)

ふと疑念が頭をよぎる。

それらしき任務を受け取ったことは無い。けれど、もともと月詠の方針には納得行かない部分がいくつもある。この敷地内で、ペンタファングでさえ入れない施設も多数存在していた。

それらは疑われるに十分な機密性を有していると思う。

他のペンタファングのメンバーなら、こんなときどうするだろうか。

途端、薙の事が思い浮かんで、豊はぶるぶると首を振った。

「秋津君?」

「あ、いえ、なんでもありません」

挙動不審を咎めるような嘉瀬の言葉に慌てて否定する。

そうして間を置いてから、豊は了解の意味を込めて小さく頷いた。

「わかりました、俺でよければ、話します」

「そう、助かるわ!」

嘉瀬は目に見えて安堵している。

多分、正規メンバーの面々は、たとえそれがどんなに取るに足らない情報であろうともこの女性に協力することは無いだろう。嘉瀬もそう思っていたらしい。

彼らは必要以上に他者を除外したがる傾向がある。

(けど、やましいとこがないなら、ちゃんと話したほうがいいよな)

不必要な隠蔽工作はいらぬ疑念を招きかねない。

そう判断したから、豊は嘉瀬に話そうと決心したのだった。

もっとも彼女が欲しがっているような話題は出てこないだろう。

本当に当たり障りのない、表面的な話しか出来ない。なぜなら豊は何も知らないのだから。

「じゃあ、決まりってことで」

嘉瀬は早速手帳を取り出していた。

「今ここで聞いてもいいけど、立ち話もなんだし、そうねえ、放課後予定はあるかしら?」

「いえ、招集さえかからなければ何もありません」

「そう、ならよかった、それじゃあ学校が終わるころに正門の所で待ってるわ」

「わかりました」

「ウフフ」

赤い唇がにわかに艶っぽい笑みを浮かべる。

「高校生の男の子と待ち合わせだなんて、なんだか新鮮」

「えっ」

「フフ、冗談よ」

驚いて赤くなった豊に、嘉瀬はウィンクを残して去っていった。

慣れない誘惑に暫し呆然としていたが、豊は、濃紺のスーツの後姿を見送りながらきゅっと手を握り締めていた。